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Mac ON! 1998 May
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岡山県 藤井健喜
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Weekend Hero 2 for R'S GALLERY
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WH202
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1998-03-15
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26KB
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387 lines
第二話
悪の組織パーフェクトブック
1
そこはかなり広い場所だった。薄暗い。
その薄暗い場所に、似たような集団が整列していた。男も女もみんなほぼ同じ格好をしている。つまり全員、全身黒ずくめのコスチュームを着ていて、顔にはゴーグルをかけている。唯一口のところだけ肌が露出していた。
一体、この集団は何なのであろうか?
謎の新興宗教の団体なのだろうか?
いや、そうでもなさそうである。
「これより決起集会及び第一回定期総会を始めます」場内アナウンス。「静粛に願います」
静かになった。
場所の奧の舞台。雛壇があり、後方には旗が立てかけられてあった。
やがて、ひとりの男が壇上に上がった。黒いマントに身を包んだ長髪の男だった。背が高い。顔には白い仮面をしていた。骸骨のように恐ろしい感じだった。
男の着用しているマントには、実は外部からのあらゆる攻撃をくい止める高い防御力がある。バリアーの役割があった。さらに男は顔を黒い仮面で覆っている。
「今の世の中は腐っている—」おもむろに男は語り始めた。「多発する疫病、広がる貧富の差、食料、エネルギーの危機、環境破壊… 愚かな奴等だ。こんな愚かな連中の作り上げた世界など、もはや必要ない」
辺りは静まり返っていた。たまにせき込む音がする。
「このままでは、世界は滅びてしまうだろう」男がいう。「今のままではいけないのだ」
静まり返っている場内。
「そこで、私は立ち上がった。この世の中を救うために」
どよめきが起こる。
「即ち、私の手でこの世界をおさめるのだ!」
男の声に力が入る。マントを手で翻す。
「皆の者。いよいよ私の長年の夢を実現するときが来た。ここに世界征服を実現するための秘密結社『ダークブリザード』の設立を宣言する!」男がいった。「そして、この私こそがダークブリザードの首領、ブリザードである!」
「ブラボー!」
「ブラボー!」
「ブラボー!」
集団から歓声が聞こえた。なぜかどれも同じものだった。彼らは右手を高々と挙げて「ブラボー!」と叫んだ。
結果、以後これがこの組織のかけ声、及び挨拶の動作になった。
「そしてこれが『ダークブリザード』の旗である!」そういって男は後ろにあった旗を手にとって掲げた。蛇が地球の上でどくろを巻いている図柄が描かれていた。
再度周囲から「ブラボー!」という声があがった。
2
ダークブリザード本部。つまり、決起総会を開いた薄暗い場所でのことである。
集会は終わった。そのあとも同じ場所には二人の男が残っていた。
雛壇のあった場所に円形テーブルがおかれている。それを二人の男が挿んで立っている。ブリザードと、白衣姿の男がひとり。
「さて、ドクターダイモンよ。ダークブリザード参謀としてのおまえの意見を聞きたい」ブリザードがいった。相手の男を見る。
「と、申されますと?」ドクターダイモンと呼ばれた男は首領の顔を見る。
「世界征服計画の予定だ」
「閣下。それならば、このドクターダイモンに全てお任せを」
ドクターダイモン。彼はダークブリザードの参謀である。長髪の男。白衣を着ている。しわがれた甲高い声が特徴だ。
「本当に任せていいのだな?」
「はっ、すでにこの計画のために、我がダークブリザードの生体化学研究部門が作り上げた部下がおります」
「部下?」ブリザードは不思議そうな顔をした。
「名付けて『ダークフィアー』!」ドクターは自信たっぷりにいった。
「ダークフィアー?」ますますわからない。
「はい。生物を元に変化を加えた生命体兵器です」
「怪物みたいなものだな」
「そういうことでございます」
「それが、どう役立つというのだ?」
「このダークフィアーには各々特殊能力を持っておりますので」ドクターダイモンが説明する。「必ずや計画の成功に寄与することでございましょう」
「邪魔者が来たらどうする?」
「何、心配ございません」ドクターダイモンは不敵な笑みを浮かべる。
「じゃあ、任せたぞ」
「はっ!」
3
ダークブリザード本部。
その一室。それほど広くない部屋の中に、ドクターダイモンがいた。彼は部屋の中央にある、みるからに怪しげな機械のすぐ横に立っていた。
この機械、ドラム缶のような円筒状の物体に、無数のチューブがくっついている。一見がらくたの寄せ集めのようにも見える。色は黒。円筒の右側にキーボードがつなげられている。パソコンとかで使うのと同じ物だ。キーの一部を赤く着色してある。さらにそのキーボードにはなぜかスウィッチがついていた。
ドラム缶の中央には扉が設けてあった。左右にスライドして開くタイプのものだった。
おもむろにドクターダイモンが怪しげな機械のスウィッチを入れた。彼は叫んだ。「いでよ、記念すべき最初のダークフィアー!」
ここで解説をしておこう。何と、この機械はダークフィアー製造機であった。ダイモンが自ら開発した。開発費は自分持ち。
激しい振動のあと、ドラム缶の真ん中にある扉がスライドして、ドライアイスみたいな煙とともに、中から出来たてホヤホヤ(死語)のダークフィアーが現れた。大きな香水瓶に手足のついた怪人だった。画面の下方にテロップが入る。ダークフィアー紹介のために作者が入れたのだ。
テロップ『(ダークフィアー)スリーピング・スメル』
ドクターダイモンはその姿を見て茫然自失となった。「うわあ、ブサイク…!」
「ダ、ダイモン様、いきなりその言葉はないでしょう」戸惑い気味に怪人がいった。悪いのは怪人たる彼ではないだ。
「ああ、すまなかった」ドクターダイモンは気を取り直し、「さあ、ダークフィアー『スリーピング・スメル』よ。行ってウイークエンド・ヒーローをこの世から消してしまうのだ!」
「ははーっ!」怪人はひれ伏した。
4
一〇月に入ってからのある日のことだ。
「おや、こりゃいいにおいだ。どこから吹く風だろう?」
「本当、何かしら?」
「不思議だ。このにおいをかいでいると…」
「何だかとても眠たくなってきたわ…」
「あ、あ〜あ…」
「Zzzz…」
東児島市内の各地でこれと類似した会話が交わされていた。今のは某オフィスでの一幕である。
たとえばある中学校では、
「さて、この公式をとくとX(エックス)の値は—グゥ…」
「先生、突然寝ないでくださ—グゥ…」
「あっ、おまえ早弁すんな—グゥ…」
また、道路の上では、
「うわあ、あの車、居眠り運転だあ—グゥ…」
「横断歩道の上で眠っちゃ駄目じゃないですか—グゥ…」
要するに町じゅう至る場所で人々が眠り始めたのだ。その結果会社は仕事にならず、学校は授業にならず、商店街は商売にならず、路上では交通事故が相次ぎ、町のあらゆる機能が麻痺してしまった。
場所は移って、東児島大学医学部構内の岩田研究室。名称の由来は単純。担当教授が岩田一夫(いわた・かずお)という医学部の五〇歳の教授だからだ。
幸いにしてこの室内は未だ平穏だった。部屋にいる人々は眠っていなかった。といってもいるのは学生三人だけだが。
部屋の南側には大きな窓がある。が、このときはちょうど閉められていて、空調装置が作動していた。だから直接あの香りをかぐ環境にはなかったようだ。
学生三人というのは、この研究グループのメンバーだった。すなわち、田辺浩一、佐久間俊雄(さくま・としお)、野上直子(のがみ・なおこ)の各人である。
三人は書類の整理をしていた。
「おい、ここらへんで少し休憩しないか?」俊雄が不意にいった。
「いや、もうちょっとで終わるから」浩一がいった。「それまで僕は続けてるよ」
「元気のいい奴だな、おまえは」俊雄がつぶやく。
佐久間俊雄。浩一の友人で彼と同じ学部の学生だ。エイプリルフールに生まれた。牡羊座の二二歳。身長が一九五センチと高く、顔も長い。実は関東地方の出身。高校三年生の弟がいる。体重八〇キログラム。血液型はA型。下宿生活をしている。
「よし、ちょっと飲む物でも買ってくる」俊雄がいう。
急に手が伸びてきた。みると浩一の手だった。俊雄の近くにいたのだ。一〇〇円玉と一〇円玉とがそれぞれ一枚ずつ握られている。
「何だよ? これ」
「僕はポッカがいいな」浩一がいった。にこやかな笑みをたたえている。「『ミスター』がいい。新しいほうね」
「ミスター?」
「お願い。買ってきてくれ」
「わかったよ」
「ああ待って」急に奥から声がした。直子だった。「どうせ一階の売店に行くんでしょ?」
ここは三階。
「そうだけど」
「私も行くわ。あそこの売店の『元祖東児島大学饅頭』を一度でいいから食べてみたかったの」大学が売っている饅頭だ。大学のホームページ上で買うこともできる。オンラインショッピングって奴だ。
「あれは普通の饅頭だよ」浩一がいう。
「ものは試しよ」
直子がいった。いつもおろしたてのような綺麗なスーツを着ている。しなやかな体をした人である。血液型はO型。牡牛座の二二歳。身長一六七センチ。体重は教えてくれなかった。スリーサイズは上から順に八九、五〇、八六。毎日高松(たかまつ)から大学へ通っている。フェリーを使って。
「じゃあ、行こうか」
俊雄はそういうと出ていった。あとに直子が続いた。扉が閉まった。
二人は廊下を歩き始めた。
しばらく歩いて二人は驚愕した。
「な、何だ、これは…!」
「ど、どういうことよ、これは…!」
何と至るところで人が倒れているではないか。しかも高らかにいびきをかいている奴もいる。
「これは…ん?」俊雄は辺りで芳香がすることに気がついた。自分もにおいをかいでみる。「何だろう? この香りは…」
「何かしら?」直子も鼻を動かす。「とってもいい香りね…」
そのうち、
「おや…?」
「あら…?」
俊雄と直子の二人はその場に倒れてしまった。そして眠りについた。
一〇月のある日のことである。
そのころ。
場所は市内のとある山の山頂付近。高校らしき学校の校舎を見おろすことのできるところである。
「ははは!」
ひとりの男の笑い声が響いた。「いやあ、愉快痛快魔法使い!」
周囲にいた人間が一瞬ひいてしまった。実は何人かいる。
「…」男はしまったと感じて取り繕うとする。だが手遅れであった。
「ははは!」しかたないので笑ってごまかす。
それは巨大な香水の瓶に手足のついた姿の化け物であった。背丈が一八〇センチメートルくらいある。
スリーピング・スメルだった。
ちょうど頭のてっぺんにある蓋をはずし、中の香水をまき散らしていた。
説明しておくと、この香水には一瞬にして人を眠りにいざなう効果があるのだ。
スリーピング・スメルがいう。「これで町は大混乱間違いなし! ははは! すばらしいぞ!」
彼の隣では、全身黒装束の男女が、巨大な団扇で瓶内の香水をあおいでいる。こうやって風を起こしているのだ。各々背中にボンベを背負い、そこより酸素を口へ吸入している。
何だか気の毒である。
「さあおまえたち、働け働け!」怪人が檄を飛ばす。
「は、はい…!」こもった声。
「いつものかけ声はどうした?」
「あ、はい…ブラボー!」手を挙げる。
そういってはまた団扇であおぐ連中だった。汗を拭き吹き。
そのころ。
岩田研究室では、
「遅いな、あの二人」
浩一は、俊雄たちがなかなか帰ってこないので、少し妙だと思っていた。それでも気長に待とうと構えていた。すでに彼の仕事は片づいていた。暇つぶしに彼はパソコンのスウィッチを入れ、テレビを見始めた。
なぜかニュースをしていた。男のアナウンサーがしゃべっている。緊張した面もちだった。
「臨時ニュースをお伝えします。現在東児島市内に於いて、次々と人々が眠り出すという珍妙な出来事が起こっています」
浩一は叫んだ。「何だって!」
「では現地より中継です」
画面が切り換わった。そして現地リポーターの立ったまま眠っている姿が茶の間に放映された。
再び画面がスタジオに戻った。アナウンサーは少々戸惑いながらこういった。「あらら、現場は眠っているみたいです」
「あらら、じゃないだろ」浩一はアナウンサーの対応に呆れた。その一方で、この事件について疑問を抱かずにはいられなかった。
彼は思う。
〈それにしても、これはいったいどういうことなんだろう…?〉
彼の胸の内でピアノの不協和音が鳴り響いた。
さっそく彼は室内のパソコンを使って、この事件の原因を探ろうとした。市内の状況を示すあまたのデータを引き合いに出して検証し、何が原因でこんなことになったのかを徹底的に調査した。
最近は情報の公開性が高まったおかげて、何かと外部のデータを入手しやすくなっていた。だが、これはいい換えれば、自分のデータも外部に漏れやすいということだ。注意しよう。
彼はデータを駆使して分析してゆく。
その結果、
「そうか。原因はこの風だなぁ…!」
彼は単独でつぶやいた。原因らしきデータを見つけたのだ。それは観測所のデータだった。東児島市内の大気の成分を示した数値が記載されている。そこで数時間前と今の大気中の成分を比較した。そこに彼は異常に高い値を示す成分を発見した。
なぜこんな数値になったのかをさらに調べるうち、ある風にその成分が多く含まれていることが判明した。この風は今から三〇分ほど前に吹いていた。市内を北北西に吹いた弱い風だった。しかもこの風、奇妙なのは東児島第二高校の裏山から一定に吹いているだけだった。
どうみても不自然な風だった。
「これはどう考えてみてもおかしいぞ…」彼は考えた。そして、「もしかして、原因はこの風なんじゃ…!」という結論に至ったわけである。
彼の元に一通の電子メールが届いた。差出人は大学の情報システム部。
内容はといえば、要はネタの募集だった。インターネットの大学のホームページの内容の充実を図るために、医学部からも何か資料を提出して欲しいというのだ。傍若無人な連中の厚顔無恥なメールだった。
こういう連中は自らの愚行に気づかない。放っておけば、これからもずっとこんなメールを送りつけてくることだろう。それだけは避けなくてはならない。
「しゃあないな…」
彼は考えた末、しかたなく適当にデータの入ったフォルダをコピーして転送した。
『それと—』彼は電子メールを送った。『いま外へ出たらまずいみたいですよ』
すると即返事がきた。『そうみたいだな』相手も知っているらしい。『いったい原因は何なんだい?』
『それが、まだよくわからないんです』彼は具体的なことは書かなかった。
『弱ったな』
『心配しなくても、いずれ解決するんじゃないですか』
『そう願いたいものだ』
手紙で会話するなよ。
同じ頃。
「みんな、どうしちゃったの!」
という驚きの声を発していたのは、田辺奈美だった。彼女はトイレから教室に戻ってくるなり目を丸くした。さっきまで現代文の授業をしていたクラスのメンバー全員が眠りについているのだから。
奈美はトイレに行っていた。授業中に行くなんてのはみっともないが、我慢できなかったのだ。このとき、どうやら彼女だけは香水をかがなかったらしい。奇跡である。
そして再びすっきりした気分で教室に戻ってくると、先述した光景に遭遇して彼女は叫んだのである。生徒のひとりを揺すってみるが、目覚めなかった。
〈ど、どういうこと…!〉
読者だけに教えよう。あのダークフィアーを倒さない限り目覚めないのだ。
奈美はただオロオロするばかりだった。
奈美の耳元でブザーが鳴った。甲高い電子音だった。実は彼女は常にイヤホンとペンダントのついたネックレスと安物の腕時計を身につけている。先ほどのブザーは彼女が耳にはめているイヤホンから聞こえた。
彼女は首にぶら下げているペンダントを手に持つと口に近づけて、いった。「どうしたの? お兄ちゃん」
するとイヤホンから声がした。「奈美、大変なことが起きた!」浩一の声だった。
彼はパソコンの画面を見ながら丸い形のワイヤード・マイクで話している。画面には自分の家のコンピュータのデスクトップが縮小されて現れている。
これは学校のコンピュータと自宅のコンピュータを回線でつないでいる。そして学校のコンピュータから自宅のコンピュータを遠隔操作しているのだ。
「実はお兄ちゃん、私の方も大変なの!」奈美もいう。「教室で、みんな寝てるの、友達も、先生も! さっきまで起きてたのに…!」
「そのことなんだがな。原因らしきものをつかんだんだ」
「原因?」
「ああ」
「本当?」
「ああ」彼はうなずく。「おまえの高校の裏山から吹いたそよ風が超怪しい!」
「…」
「その風が怪しいんだ」
「で、裏山がどうしたの?」
「幸いにも今は吹いてない。だが少し前に、その辺りから急に風が吹いてたんだ。調べてみると、そのときに訊いたことのない成分が空気中にあったんだよ。どうやらそれに、みんなを眠気に誘う効果があったようだ」
「ふうん」
「とにかく、この風が起こった原因を確かめて、この風が二度と吹かないようにして欲しいんだ」
「何でそんなことを私に頼むの?」
「だっておまえヒーローだろ?」
「でも…」
「まあ、ちょっと行って見てくるだけでいい」
「うーん」奈美はうなった。何だかいやな予感がしているからだった。でも、引き受けるしかないようだ。
「わかったわ」
「ありがとう」
「ところで—」彼女がいう。「お兄ちゃん、このイヤリングとかネックレスとかの説明はしなくてもいいの?」
「みんな知ってるだろ」ヒーローの小道具である。
「でも、新規の読者にはわからないわ」奈美がいう。
「そうだな」浩一は急に改まった口調になる。「えー、つまり、これらの器具は、わたくしが妹と連絡を取る場合に使用します。こちらからの音声を彼女はイヤホンで受信し、また彼女がこちらへ連絡したい場合は、ペンダントに話しかけるのです。このペンダントはマイクロフォンなのです。以上、説明でした—こんなので、いいかな?」
「さあ…」長い文章になるととたんに理解力の鈍る奈美は、コメントを控えた。
「まあ、いいことにしておこう。早くしないと話が先に進まないからな」
「…」
「よし。そうと決まったなら出動だ」彼がいった。ひとり力が入っている。
彼はマイクに向かって大声で叫んだ。「ゆけ、ハイパーガールっ!」つばが飛んでいる。
実は今までこの台詞がいいたくてウズウズしていたらしい。だが、二二歳の男がいうにはあまりに恥ずかしい台詞であった。このことに彼は気づいていない。
奈美は彼の大声に耳の鼓膜が破れそうだった。
「そんな大声出さなくても聞こえてるわよ!」奈美がいう。
「あっ、ごめん」
「それに、とっても恥ずかしい台詞だし…」
「…」彼はショックを受けた。
秋のある午後のことである。
5
奈美はハイパーガールに変身すると現場に向かった。手早なものだった。彼女の視界に裏山が見えてきた。ゴーグルの視界にあらゆる文字情報が表示される。腕時計と連動しており、時計のパネル操作でゴーグル内の表示の呼び出しや切り替えを行うことが出来るのだ。
そのうち、視界のある一点に矢印が登場した。「げんいんだよ!」という表記が点滅している。
奈美はゆっくりと降下しながらその辺りを眺めた。山の頂上付近。周囲が広場のように開けている一角があった。およそ一〇メートル四方。その端に黒いアリのようなものが群れをなしているのを、彼女は発見した。でも、アリにしては大きすぎる。
〈何かしら…?〉
奈美はよく眺めてみる。
それは、アリなどではなく、人だった。全員黒ずくめなのだ。顔の一部が覗いている。大きな団扇を持っていた。男ばかりでなく女性もいた。
さらに、その集団の中央には—
〈な、何、あれは…!〉奈美は唖然とした。
巨大な瓶に手足のついた化け物が一体、地面に腰を下ろしていた。何かしゃべっていた。彼女はそばの木の上に止まり、耳を澄ました。
「ははは! 今や東児島市はほぼ麻痺状態。この居眠り香水の威力、思い知ったか!」巨大な瓶が満足そうに語る。スリーピング・スメルだ。今は頭のキャップをはめていた。休憩中なのだ。
〈な、なんてひどいことを…!〉
怪人の台詞を聞いた奈美に怒りがこみ上げてきた。
〈許せない!〉
「さて、今度はさらにほかの町でこの香水をまき散らすか—」
「お待ちなさい!」
不意にこんな声がした。女の子の声だった。
「むっ、何奴!」怪人が叫ぶ。周囲に目を走らせる。だが人影らしき物はどこにもない。声だけが続く。
「東児島の空のした、今日も誰かが呼んでいる。悪い奴等を懲らしめる、正義の味方の女の子。その名も—」
音がした。
怪人たちの目の前にある木の上に、人姿があった。マントで前を隠している。
「その名も—?」怪人はいぶかしげに見ている。
「ウイークエンド・ヒーロー、只今見参!」
そういって人物はマントを翻した。その正体はビキニ姿の女の子だった。色はエメラルドグリーン。
季節柄、思いきり寒々しい格好だった。
奈美は地面にふわりと着地した。敵との距離は八メートル強。
彼女は、これで相手が恐れおののくと思っていた。
ところが、静寂が周囲を支配した。
急に周囲の注目を一身に浴びてしまった奈美は、次にどうしていいかわからず、かといって引っ込みもつかず、結果こんな姿であんなことをいった自分が恐ろしいほどに恥ずかしくなって顔を赤らめた。
瓶がいった。「…やってて、恥ずかしくないか?」
スリーピング・スメルの前でハイパーガールはモジモジしている。
「うん」彼女はこくりとうなずく。「恥ずかしい…」
今さら恥ずかしがっても始まらないと思うが…
ふと彼女は気づいていった。「な、何よ! あんたの方がよっぽど恥ずかしい格好をしてるじゃないの!」
「グサッ!」怪人は青ざめた。一番いわれてはならないことをいわれてしまった。しかも女の子に。彼は傷心した。
「あー、スメル様を傷つけたな!」周りにいた黒いスーツの人々が一斉に奈美を指差していった。そして、うちひとりがさらにいった。「こう見えてもスメル様は人一倍デリケートなお方なんだぞ!」
全くそうは見えない。
「まあよい」スメルと呼ばれた化け物が口を開いた。「このことは見逃してやる。今日の俺様はとても寛大な気分だからな!」
「だからどうしたっていうの!」奈美がいう。
「ふっ」怪人は急に冷静さを取り戻した。「正義の味方だか何だか知らんが、我々の計画の邪魔をしないでもらいたい」
「そうはいかないわ。みんなを眠りにつかせたのはあんたたちね!」
「そうだよ」あっさり答えるスリーピング・スメル。
「許さないんだから!」
「ふん、貴様ごときにやられる私ではないぞ」
「一体、あなたたちは何者なの!」奈美が訊く。
そう。まず最初にこれを訊いておかないといけない。さもないと彼らの正体すら明らかにされない。となると読者は混乱し、作者宛に苦情の手紙が殺到する。それだけは回避しなければならない。
「私の名はスリーピング・スメル。ダークブリザードの送り出す怪物『ダークフィアー』の栄えある第一号だ!」怪人が誇らしげに語った。
「ダークブリザード?」奈美にはいまいちよくわからない。
「そうだとも」うなずく怪人。「この世を我が手中におさめるべく活動しているのだ」
「ちょ、ちょっと…!」奈美は驚く。「それって、世界征服?」
「その通りだ。おまえも我々に協力してくれるか? 今なら少年少女協力隊(ダーク・ユーゲント)の隊員バッジがもれなくもらえるぞ」ちなみにバッジの表面は防錆加工が施されている。通信販売もおこなっている。
ハイパーガールは怒った。「ふざけないでよ! 誰が世界征服を企む集団に手を貸すものですか!」
「ならば、我々に刃向かうというのだな」
「そうよ」
「我々に逆らうというのだな」
「そうなのよ!」
「我々に反抗するというのだな」
「ひつこいわね。その通りよ!」今日の奈美は気が短かった。
「ははっ、おろかな奴だ! おまえも他の人間どもと同じ馬鹿な奴だ」
「馬鹿なのはあんたたちのほうよ!」ハイパーガールは指差して叫ぶ。態度がでかい。
これにはさすがにカチンときたのか、怪人は声を荒げる。「なにい! それはブリザード様を侮辱したと同じこと。許さん!」
「ブリザード様?」
「我々のボスだ」
「じゃあ、カスね…!」彼女はとてもかわいくほほえむ。
「お、おのれぇ!」怪人は怒鳴った。腹が立ってしようがない。「いわせておけば…!」彼は黒ずくめの男女に命令する。「ダークウォリアーズよ、あのへそ出し女を血祭りにあげろ!」一〇人ほどいる。
「望むところよ!」殺されるのを望んでどうする?
「かかれ!」
怪人が叫ぶと同時に、とりまいていた一〇人の男女が「ブラボー!」という特有のかけ声とともにハイパーガールに襲いかかってきた。
ダークウォリアーズ。ダークブリザード所属の下位戦闘員の総称だ。
ハイパーガールは身構えた。そして襲いくる戦闘員を次から次へと殴り倒していった。彼らは「ブラボー!」と叫んでは倒れていった。
彼女は地面に倒れた戦闘員の山を見ながら軽く手をはたいた。一分足らずの戦闘だった。彼女は巨大な瓶の怪人を見る。「どう? 強いでしょう」といいたげな顔で。
「うぬぬ、よくも…!」スリーピング・スメルは怒り心頭にきていた。
「ダークブリーフだか何だか知らないけど、悪いやつらは私が許さないんだから!」ハイパーガールがいった。
「ダークブリザードだ」
「え?」
「我々の名称はダークブリザードだ」
「あ、ごめんなさい…」謝る奈美。
いよいよ腹が立って怪人はいった。「ふっ、お遊びはここまでだ!」
「それはこっちの台詞よ!」
「もはや町は機能が完全に麻痺しているんだ! それにしかも、この香水をかいで眠った者は、私を倒さない限り永遠に眠り続けるのだ!」
「何ですって!」
「だから、貴様の命もこれまでだ!」といって怪人はキャップをはずした。「ほらあ、おまえもかげぇ!」
「そうはいかないわ!」
奈美は飛び上がった。風上に移って着地する。「そんな簡単にやられるものですか!」
「くそお!」ダークフィアーがいった。
奈美は体勢を整えた。
「覚悟しなさい。必殺—」
彼女は軽く助走し怪人の前でジャンプした。脚を突き出しながらいう。
「ハイパーキィーーーック!」
ハイパーガールは左足で巨大な瓶を蹴りとばした。
ピキッ…!
蹴られた部分から同心円上にひびが入った。
「うわあああ!」スリーピング・スメルは悲鳴をあげた。怪人の体に亀裂が走る。やがて怪人は割れてしまった。彼は悲鳴とともにその場から跡形もなく消滅してしまった。ついでに戦闘員たちまでいなくなった。
奈美は驚いた。「き、消えた…!」
このあと、奈美の鼻にとてもいい香りが漂ってきた。どうやら、怪人の割れた瓶から漏れだしたものだろう。
〈あ…!〉彼女は思う。少しかいでしまった。無意識のうちに。
居眠り香水。
意識がうすれてゆく。
〈あの怪人は倒したのに—!〉
だが、弱冠の居眠り効果がまだ残っていたようだ。
〈そ、そんなぁ…!〉
奈美はビキニ姿のままで、その場に倒れてしまった。
6
ダークブリザードの本部。
「ううむ…」
白衣を着た長髪の男から、先の計画の報告を受けた白い仮面の男はうなった。ダークブリザードの首領、ブリザードである。
「おのれ、ウイークエンド・ヒーロー…」ブリザードは恨むようにつぶやいた。「やっぱり邪魔しに来たな〜!」ぼやく。「よくもよくも私の計画の邪魔をしおって…!」
「申し訳ありません、閣下」そばにいた男が謝った。白衣をまとった長髪の中年男。ドクターダイモンだった。「ダークフィアーはまだあれが第一号でして、これからさらに強い怪物を—」
「おい、ドクターダイモン」
「はっ」
「一刻も早く、この邪魔者を始末しろ」
「はっ。実は、殺すよりもっとよい方法がございます…」というとドクターダイモンはニヤリとした。
7
気がつくと、奈美はベッドの上に寝かされていた。
〈あれ…?〉
変身も解除されていた。学生服に戻っている。
〈いつのまに…?〉
「気がついた?」突然そんな声がしたので奈美はびっくりした。彼女は顔を横に向ける。みるとベッドのかたわらに冴子が立っていた。こちらを見つめている。付き添ってくれていたのだろうか?
「冴子…」奈美が口を開いた。「ここは?」
「保健室よ。学校の」冴子が答えた。
「保健室…」場所がわかって安心する奈美。
「なぜかあなただけどこにもいないから、徳永(とくなが)先生にいわれて、私、ずっとあなたを探してたんよ」冴子がいう。徳永先生というのは奈美たちのクラスの担任である。徳永正幸(まさゆき)。四八歳。現代文の教師でもある。
「そうだったの…」
「それでようやく、あなたが裏山で倒れているのをみつけて、ここまで連れて帰ったんよ」
「ごめん冴子、迷惑かけて…」悪いことしたなと思う奈美だった。
「気にしなくてもいいわ」冴子はあっさりしていた。「それより奈美、あなた、何であんな山の中にいたの?」
「え?」
「いったい何があったの?」
「そ、それは…」
奈美は困った。そのとき、居眠り香水のことを思い出した彼女は、みんなのことが気になった。
「そうそう、クラスのみんなはどうしたの? 学校のみんなは?」
「は?」
「みんな起きてるわよね? 今こうして冴子が目覚めてるんだから」
奈美は必死に訊いた。もうみんなも大丈夫なのだろう。奈美の方の香水の効き目も、切れていたようだ。
「どういう意味よ?」こいつはまだ寝ぼけているのか、というような目つきで冴子は首を傾げる。
「みんなは、今どうしてるの?」
「え? もう帰ったわよ。今は放課後」
「ああ、よかった」
「奈美、あんた、変よ」
「ちょっと寝ぼけてんのかもしれないわ」というと奈美は笑った。
それにしても、あの怪人といい、「ダークブリザード」とかいう組織といい、あれはいったい何を意味しているのか? 奈美は少なからず不安を覚えるのであった。
秋の風が冷たい一〇月のある夕刻のことである。
同じ頃。
「あれ、そういや、俺たち、何でこんなところにいるんだ?」俊雄がいった。
場所は廊下の上。
「確か、何かしようとしてたのよ」直子は立ち上がった。辺りには誰もいない。
そこへ、見た顔が歩いてきた。浩一だ。手には缶コーヒーを持っていた。
「あれ、二人ともどうしたの?」浩一がいった。
「い、いや、それが…」俊雄は首をひねっていた。
秋の夕方のことである。
次回予告
ブリザード「ドクターダイモンよ。よい方法とは何なのだ?」
ドクターダイモン「それは次回のお楽しみでございますよ。ヒッヒッヒッ!」
ブリザード「別に今いっても構わんのじゃないのか?」
ドクターダイモン「それを引っ張って出し惜しみするのが楽しいんでございますよ。ヒッヒッヒッ!」
ブリザード「…まるで国の官公庁みたいな奴だな」
ドクターダイモン「…そこまでいわなくてもいいでしょう」
ブリザード「えーと、ここで何かいわなくちゃならんのだったな。なになに、次回、ウイークエンド・ヒーロー2第三話『一週間でマスターする悪の秘密組織』。正義は週末にやってくる…」
ドクターダイモン「私たちは正義だったんですか?」
ブリザード「さあ…?」
ドクターダイモン「それじゃあ、皆の衆、次回だ!」
ブリザード「それは私の台詞っぽいぞ」
ドクターダイモン「…」
1997 TAKEYOSHI FUJII